2022年5月3日火曜日

RAS×ニーゴ クロスオーバーSS「雲を裂く、音の光」

 二次創作としかいいようのない何か。


 

 

「どう、かな」

手元のスマホでデモ音源の再生を終え、奏はミクたちにそう尋ねる。

奏の背後では、まふゆ、絵名、瑞希がミクたちの顔色を伺っていた。

少し離れた位置にいるメイコ、ミクの隣で奏をじっと見つめているリンは、何を言うでもなく様子を伺っている。

閉じていた目をゆっくりと開き、ミクが、

「……良かったと、」

思う、と言いかけたのをルカが遮った。

「奏、さっき言っていたわよね。『いつもとは違うものにしてみた』って」

押し黙ってしまったミクを気にしつつも、奏はそれに答える。

「言ったよ」

「確かに、いつもとはメロディも音色も、展開も違うわ。でも、それだけよ」

ルカはどこか冷たい声色で、そう言った。

「それで?」

「……それで、って?」

「確かにいつもと違う曲かもしれない。でも、そこに明確な意図が感じられないわ。その『いつもと違う』によって、誰がどう救われるの?」

「……」

何も答えない奏に、ルカは続ける。

「あなたは、『音楽で誰かを救う』ということの意味をわかっているのかしら?」

* * *

『今日のルカは手厳しかったねー』

その日の深夜。

いつものようにナイトコードで通話を繋いだ奏たち4人――「25時、ナイトコードで。」通称ニーゴのメンバーたち――は、いつものように作業を始める。

口火を切ったのは瑞希だった。

『確かに。結構ズバズバ言われちゃったもんね』

『……そうだけど、別に間違ったことは言ってないと思う』

『いやそうなんだけどさ。雪にしたって今日のルカにしたって、言い方ってものがあるじゃん?』

口々に今日のことを語る中、奏はいつも以上に静かだった。

絵名が心配して声をかける。

『……K、大丈夫?』

『あ、うん……確かに厳しかったけど。ルカの言ってること、ちゃんと受け止めて考えなきゃ、って』

『Kはマジメだねー。最近デモ音源作るのもすごく早くなってるし、たまにはもっと肩の力抜いてもいいと思うけどなー』

『……うーん……』

肩の力を抜く。

確かに、今はそれもひとつの手かもしれない、と奏は思った。

『それにK、明日はお父さんのお見舞いに行くって言ってなかったっけ』

『あ、そうだっけ……忘れてた』

『雪よく覚えてたわね……でもそれならなおのこと、今日は休んだほうがいいんじゃない?』

『……そうする。わたしは落ちるけど、3人は好きにしていいから。何かあったら明日チェックする』

『はいはーい、お疲れー』

『ゆっくり休んでね、K』

挨拶を済ませ、奏は準備もそこそこに布団に潜った。

* * *

――都内某所。チュチュのマンション。

その中にあるチュチュのスタジオで、RAISEレイズ A SUILENスイレンのメンバー4人――レイヤ、ロック、パレオ、マスキング――はブースでのセッションを終えて、プロデューサーであるチュチュの指示を聞いていた。

「ロック、サビの音が少し甘いわ。もっと激しく、主張するSoundでお願い。アナタの本気はこんなものじゃないはずよ」

「わ、わかりました!」

ソファに座り直したチュチュは、側の机に置かれた1枚のフライヤーを手に取る。

「さて、ワタシたちが次に出るイベントの話よ。前々から出演への準備を進めてきたし、そろそろあなたたちにも話しておくわ」

「お、待ってました! 今度は何に出るんだ?」

はやるマスキングを制しながら、チュチュが答える。

「これよ。『カオティックフェス』!」

チュチュが掲げたフライヤーを、4人は見る。

「カオティックフェス……確か、全10組のアーティストがそれぞれたった1曲の演目で代わる代わるステージに立つっていう、あの?」

「たった1曲ですか……。かなり目立つパフォーマンスをしないと、オーディエンスの印象に残るのは難しそうですね」

レイヤの台詞に、パレオが続く。

「だからこそよ」

チュチュがはっきりと言う。

「"最強の音楽"を奏でる私たちRASが、どれだけオーディエンスに響くか。それを試す絶好の機会だわ。『たった1曲』……いいえ、1曲もあれば充分よ。同じステージに立つアーティストごと、まとめてKnockdownしてやればいいわ」

拳を握り、強く言い放つチュチュに、マスキングが呼応する。

「いつになくやる気じゃねーか。いいぜ。全力でぶちかましてやんよ!」

ロックが続く。

「わ、私も……"最強の音楽"を作るために、頑張ります!」

パレオはそれをみて上機嫌そうに。

「おふたりとも、すごくいい顔してますよ〜。その意気で、『カオティックフェス』盛り上げていきましょう!」

マスキングが隣のレイヤを小突きながら。

「……レイ、お前はなんかないのか?」

「私は……」

レイヤはそこで深く息を吐いて。目を閉じ。

「……チュチュに言われたからやるんじゃない。そのステージで、私たちにしかできない音楽を、私たちらしく。……でしょう?」

「だいぶフロントらしい顔つきになってきたわね、レイヤ」

チュチュが、いつのまにかパレオが差し出していたジャーキーを噛みながらそう言い、レイヤにふっと笑う。

「『たった1曲』。それで、オーディエンスの全てに"RASこそが最強"だと思い知らせる。そのつもりでかかりなさい」

* * *

「探したわよ、ルカ」

メイコはルカの元へと歩いてきた。

「何の用かしら?」

「とぼけないで。昨日のデモ音源の時、なぜ奏にあんなに強く迫ったの」

メイコの目には静かに怒りの表情が見える。

対してルカは……まるで目の前のメイコのことなど気にも留めないような、退屈げな顔をするだけだった。

「……マンネリ、よ」

「マンネリ?」

思わずオウム返しをしてしまったメイコに、ルカが淡々と語る。

「あの子たちは今……いつもと同じように、いつもの流れで音楽を作っている。『自分たちの音楽なら誰かを救える』っていう、ただそれだけに縋って」

「……」

メイコは言い返さない。奏たちがどんな心情で音楽をやっているか、それに答えられるのは奏たちだけだ。

「でも、そもそも『音楽で誰かを救う』って、どういうことかしら? 仮に救えるのだとして、『誰かを救える音楽はたったひとつの方法しかあり得ない』のかしら?」

「わかるように説明なさい」

「……これでも充分わかりやすいはずよ」

ため息をはくルカ。

続く言葉は、とてもシンプルだった。

「あの子たちはまだ……『音楽の可能性を知らない』のよ」

* * *

某日、昼。

父親のお見舞いを済ませた奏は、いつものように家路についていた。

「お父さん、思ったより元気そうだったな……。相変わらず、何も話せなかったけど」

先のお見舞いのことを思い出しながら歩いていると、奏がたまに機材を買いにくる音楽ショップが見えてきた。

なので家の機材のことを思い出しつつ、入り口まで来てみるが……今は特に必要な機材が思い当たらない。

大人しく帰路に戻ろうとした時、ショップの中に置かれていたフライヤーが目に入った。

「……?」

なんだろう。

普段なら特に気にしないはずの、それに。

なんとなく、興味が向いた気がした。

――あなたは、『音楽で誰かを救う』ということの意味をわかっているのかしら?

ルカに言われた言葉が、頭をよぎる。

……何も言い返せなかった。

それは、わたしの中に答えがなかったからじゃない。

長く、ニーゴで音楽を作ってきて……心の内に持っていたはずのその"答え"に、いつしか雲がかかってしまったから。

それでも、困ることはなかった。

だって、常に技術は磨かれていく。経験も蓄積される。だから、今作る音楽は前よりも優れていて。それでどんどん前を、前を、目指しているうちに……『どうして音楽で人は救われるのか?』そんな簡単な答えさえ、いつのまにか、思い出せなくなっていた。

……だから、今。今こそ。

『音楽で救われるという感覚』を。自分自身で得たい。

"答え"を覆うその雲を裂いてくれるような、そんな体験が欲しい。

……それに賭けたいんだ。

「……『カオティックフェス』」

全10組のアーティストが出演する音楽イベント。

そのフライヤーに写る10組の中に、"答え"を持ったアーティストがいるのだろうか。

* * *

「ごちそーさん。大将、台所借りるぜ」

チュチュのスタジオからほど近い位置にある「ラーメン銀河」。

マスキング・ロック・レイヤの3人は、スタジオ練習を終えてラーメンを食べにきていた。

「……ロック、浮かない顔してる」

ロックの隣で一緒にラーメンを食べていたレイヤが、唐突に声をかける。

「あ、いえ……『カオティックフェス』。チュチュさんはどうしてこのイベントを選んだんやろ……って」

……チュチュが『最強』を目指していることは、今のRASにとっては既知の事実であり、前提だった。

そして、チュチュがそれを然るべき場で広めようとするのも、理解できる。

「でも、今回のステージはあまりにもアウェーすぎるというか……dubでもCiRCLEでもない場所やし、っていうかそもそも屋外やし、初見のアーティストさんいっぱいやし……」

「……緊張、してるの?」

「それもあるんですけど……何より、『お客さんの姿が全然イメージできない』のが、不安で」

「お客さんの、姿……」

「どんな人が来るんだろうとか、空気感もわからないし……あと『RASを知らない人にも印象に残らせる』には、どうしよう……とか」

「そんなの簡単だろ」

台所で何かを作っていたマスキングが、ロックの前にそれを差し出す。

「ほら、お嬢のまかない。……ライブのことならさ、いつも通り、全力でぶつかればいいんだよ」

「いつも通り、全力で……」

「おう。アタシはロックのギターも、レイヤのベースとボーカルも、パレオのキーボードも、チュチュのDJも……とにかく全部信じてんだ。信じてるから、全力でやれる。どこでだって、誰が見ていたってな」

レイヤがそれに続く。

「それに、チュチュは私たちの活きるステージを常に考えてくれてる。だから、私たちもチュチュを信じて、最強のステージを作る。それが私たちにできる、一番大事なことだよ」

「ますきさん……レイヤさん……」

ロックは一度深く深呼吸する。

「私も。RASのみんなのこと、信じてます。だから私は、私にできる最大限をやります。……なんだか、思い悩んでた割にはすごくシンプルですよね」

「だって楽しいだろ。その方がさ」

マスキングの一言に、ふたりも笑った。

* * *

『あれ、Kじゃん。今日は早いね』

深夜。

先にナイトコードに繋いでいた瑞希が、奏のログインに反応する。

『うん。……ちょうどよかった。Amiaの力を借りたくて』

『え、ボクに? Kからお願いなんて珍しいね。なになに?』

 

『……なるほど。要するにその「カオティックフェス」に行ってみたい、と』

『うん。結構大きなイベントみたい。だけどチケットの買い方とか、わからないことも多いし……』

『夏祭りの野外ライブとかファンフェスタとか、Kもいろいろ経験してきたわけでさ。もう大抵のイベントには案外行けそうだけどな〜』

そう喋りながらも、瑞希はキーボードを叩き、イベントの詳細を調べていく。

『えーと、イベント概要……開催場所……うん、ここなら電車を乗り継げば行ける場所だね。事前にチケットの購入が必要だけど……って、ちょうど今販売期間じゃん! よし、せっかくだし買っておくね。4人分!』

『え、4人?』

『えななんも雪も、呼んだらなんだかんだ来てくれるだろうし。それにKが行きたいっていうこのイベント、ボクも気になるなー』

『何が気になるって?』

いつのまにかログインしてきていた絵名が会話に加わる。

『噂をすればえななん!』

『……私もいるけど』

『雪まで! 一体いつから……?』

『「カオティックフェスに行ってみたい」の辺りから』

『最初からじゃん!!』

『ところでAmiaたち、なんか面白そうな話してたじゃない。私も入れてよ』

『最初からそのつもりだったし、ちゃんと説明するからー!』

* * *

「チュチュ様、まだお休みにならないんですか?」

――都内某所。チュチュのマンション。

チュチュはパソコンのモニターを睨んでいた。

「打ち合わせだとそろそろのはずなのよ……。『カオティックフェス』全10組のアーティスト出演順の通知」

一般的なライブの出演順は、主催の演出意図やアーティストの知名度などに左右され決定される。

だが、カオティックフェスの出演順は、全くのランダム。機械抽選によって決定される。

故にイベントそのものの成否すらもなげうった、事故上等、まさしく『カオティック』なライブとなるのだ。

チュチュは手元のタブレットを開く。

それはどの出演順になっても対応できるよう、RASが行う曲目や演出などのあらゆる案が書かれたメモだった。

「この出演順は極めてImportantなのよ……これによって、ワタシたちRASがオーディエンスにどうAttackできるかが決まる。特に『RASの前』のアーティストには要注意だわ。前のステージで作り上げた空気を、ワタシたちで利用するのか、あるいは壊すのか。ワタシのプロデュースぢからが試されるわね……」

「それだけ本気で、私たちのステージのことを考えてくれているんですね」

「当たり前でしょう? ワタシも本気だし、あなたたちも本気。そんなの前提だわ。"最強"を目指すからには、やるべきはそれ以上――

唐突に、パソコンの通知音が鳴る。

フェスの実行委員会からの連絡だ。

チュチュは手早くその内容に目を通し、――息を呑んだ。

「チュチュ様?」

「……『カオティックフェス』、RASの出演順は……」

それは僥倖ぎょうこうか、あるいはRASに対する試練なのか。

* * *

「いやー、今の子たちもすごく良かったねー」

カオティックフェス当日。

灰色の曇り空の中、客席が見渡すほどの参加客で埋め尽くされた野外ステージで、イベント開始から9組目のアーティストたちが演奏を終えてステージから退場したところだった。

「残すところあと1組かぁ。始まっちゃえばあっという間だったし、天気ももってくれて本当に良かったよねー」

「ほんとそうね。……にしても瑞希、始まってからずっとそのテンションでよくてるわね」

「奏の発案で来たイベントだったけど、知らないアーティストとかいっぱい発掘できたし。来て良かったなーって思って!」

「確かに。自分からはあまり聴きに行かない音楽もあったし、そういう意味では有益だったわね」

「『だった』って絵名、まだ最後の1組があるからねー。最後まで盛り上がらなきゃ損だよ〜」

「わかってるわよ」

瑞希と絵名のそんなやりとりを横目に、奏はずっと俯きがちな様子だった。

「……奏、大丈夫? 疲れた?」

「あ、うん……平気。大丈夫」

……実のところ、奏は少し焦っていた。

ここまでの9組、個性も褒めるべき点もないことはないのだが……奏の印象に強く残ったかと言うと答えは否だった。

――あなたは、『音楽で誰かを救う』ということの意味をわかっているのかしら?

奏がはっきりと持っていると言えなかったその答えを得る。あるいはその手がかりに迫る体験ができたらと思って、わざわざここに来た。

……このまま、手ぶらで帰るわけには……。

奏がそう思った時、その空間にひとつの音が轟く。

それはステージから鳴り響くギターの音。

奏が気付いてステージを見ると、ステージには5人の人物が立っていた。

ギターを持っていたのはステージの上手かみてに立つ小柄な少女だった。その華奢な風貌に似合わず、豪快で強い音を響かせている。

 

――

「わ、私がやるんですか?」

出演順が通知された翌日のこと。

チュチュたちは5人でステージ演出の打ち合わせをしていた。

ロックは驚いたようにそう声を上げる。

「そう。私たちRASは10組中10番目……つまりは大トリよ。だからこそ、流れも繋ぎも全部Breakして、最大限に目立つ義務があるわ」

義務、とまで言い切ったチュチュ。その言葉に潜む意思は強い。

「そのためにはロック、あなたの最初の一音が要になるわ。『これぞRASのSound』って、オーディエンスの全てに主張なさい。……今回の私たちのステージは、そこから始めるわ」

――

 

強く激しく、それでいてブレのない綺麗なロングトーン。

――我々は他のアーティストとは違う。

まるでそう主張するかのような、たった一音。ステージ上の少女が奏でるそのギターの音色に、少しずつオーディエンスも呼応していった。

未だ熱狂には程遠くとも、このステージにそれを予感させるには充分だと言えた。

ステージ前方にはそのギターの少女を含めて3人。上手からギターの少女、マイクスタンドの前にベースを持って立つ女性、3台のキーボードに囲まれて立つ女の子。

下手しもてのキーボードの奥にはドラムセットがあり、その中に座る女性は不敵な笑みを浮かべながらドラムスティックを持った腕を回している。

ステージ上手、ギターの少女の背後にあるDJブースにはその少女よりさらに小柄で、大きな猫耳の付いたヘッドフォンをした少女が、真剣な目つきでステージの音へ右に左にと気を配っている。

DJの少女が何かを合図すると同時に、ギターのロングトーンがすっと鳴りを潜め、それと同時に勢いよく叩かれたドラムビートが流れ出す。

そしてステージ中央……ベースを持って立つ女性がマイクスタンドに手をかけ、――客席に告げる。

「カオティックフェスに来ているみんな。いよいよ最後のステージだよ。……私たちは、『RAISE A SUILEN』。この最後の1曲で……最後まで。暴れる準備はいいか!!」

オーディエンスが沸き立つ。最後のアーティストの登場を歓迎する、歓喜の叫び。

「いよいよ最後のアーティストだね。どんな曲で来るかな〜?」 

瑞希が楽しげにそう話し、絵名がそれに応える。

「RAISE A SUILEN……」

奏はステージをじっと油断なく注視している様子で……それを、まふゆが見ていた。

「チュチュ、メンバー紹介を」

なおもドラムビートは続く中、フロントの女性からDJブースの少女に主導権が渡る。少女は高らかに告げた。

「OK. The first "RAS" member――Gt.ギター......LOCKロック!!」

示された先のギターの少女「ロック」は……なんとギターを肩に背負っていた。

そしてそのまま、ギターを背面に向けたまま演奏を始めた。

「えっ、あの子背中でギター弾いてる……!?」

「すっごー! あんなことできるんだ!」

絵名と瑞希がその様子に驚く。

「(いや、単純なパフォーマンスだけじゃない。あの音……かなり強くて荒々しいギターの音を、容易に乗りこなしている)」

奏はその音を聴いて、……もしかしたら、と思った。

ギターのソロパートが終わり、メンバー紹介は次へ進む。

「Next member――Dr.ドラム......MASKINGマスキング!!」

下手のドラムセット、そこに座る「マスキング」が先程までと打って変わって力強いドラムソロを魅せる。

「うわ、すごい勢い……! それにしてもあのドラムの人、すっごく楽しそうに叩いてる……」

絵名がそう呟く。そのドラムの激しさとは裏腹にマスキングは満面の笑みを浮かべていた。

シンバルの音が高らかに響き、ドラムソロが終わりを告げる。

「And the next――Key.キーボード......PAREOパレオ!!」

キーボードに囲まれた女の子「パレオ」が可愛らしく一礼し、……その可憐さからは想像もつかないテクニカルなソロを演じて見せた。

「あの子かわいいなー! ツートンの髪色とか、ターンで翻るスカートとかすっごくステージ映えしてるし!」

瑞希が興奮気味にはしゃいでいた。

ソロパートをグリッサンドで締めたパレオはうやうやしくおじぎをする。

そして先ほどまでと変わって、フロントの女性が上手のDJブースを指しながら告げる。

「DJ……CHU2チュチュ!」

DJブースに立つ猫耳ヘッドフォンの少女「チュチュ」が、その合図と共に華麗なスクラッチを見せる。

「(あの子、他のソロパート中も荒々しくステージを煽っていたけど……その実自分のプレイはかなり丁寧。意外と周囲を見ているみたい……)」

まふゆがそう思案する。

DJチュチュのターンが終わり、再びチュチュはマイクを手にした。

「OK.The last member――Ba.ベース&Vo.ボーカル......LAYERレイヤ!!」

フロントに立つ女性「レイヤ」が、手にしたベースを弾き鳴らす。

断続的な重低音が、力強いビートを作っていく。

「(……いい音。これが今日の大トリを務めるアーティストのベースか……)」

RASのそれぞれのソロ演奏を経て、奏の表情が少しずつ焦燥から期待へと変わっていく。

その様子に気付いたのは、それを隣で見ていたまふゆだけだ。

ベースのソロパートを終えてなおも続くドラムビートの中、レイヤのボーカルが響く。

Wow Wow Wow

Wow Wow Wow

「メンバー!」

レイヤの合図に続いて、RASの他のメンバーも一斉に歌う。ロック、パレオ、チュチュが拳を高く掲げた。

Wow Wow Wow

Wow Wow Wow

「さあ、全員で歌え! Say!」

レイヤが拳を突き上げ、オーディエンスを煽る。会場が少しずつ、その熱を共有し始めた。

オーディエンスの奏でるコーラスに合わせ、レイヤが歌い出す。

Wow Wow Wow

Raise voice Shout out!!!

Wow Wow Wow

ベースが、ギターが、そしてキーボードが演奏に加わる。

勢いを増していくサウンドの中で、チュチュの煽りを受けてなおもコーラスが続いていく。

Wow Wow Wow

Raise voice Shout out!!!

Wow Wow Wow

「さあ、これが最後の曲だよ! 『DRIVE US CRAZY』 全力で暴れていけ!!」

4連シンバルが、ステージの本当のはじまりを告げる。

オーディエンスのコーラスと共に、『カオティックフェス』最後の曲は始まった。

Wow Wow Wow

Raise voice Shout out!!!

Wow Wow Wow

Raise voice Shout!!!

マスキングがスティックを高く回し、シンバルを響かせる。

そこにレイヤが叫んだ。

「全力でアガれ!!!」

低く唸るギターとメロディアスなピアノが、暴れるように、それでいて華麗さをもってステージに響く。レイヤの芯の通ったボーカルが悠々と、強く、巻き起こる全ての音を牽引していった。

「…………!」

奏は、息を呑む。

奏が今浴びているのは、奏たち自身の作る、繊細で、時に痛みすら伴うような音楽とは全く性質の違うものだ。

その分厚い音の奔流の中に、奏は見出そうとする。

音楽の力、を。

単純な音圧だけではない。この音楽に込められた"想い"の深さを、奏は知ろうとした。

Every day, Every night

ハンパに生きるな

灰になるまで いっそのこと Everything

燃え尽きてみなよ Understand

レイヤの高らかに伸びるボーカルと共に、DJブースのチュチュが天を指す。

マイクを手に、軽妙なラップで主張する。

Ah-ha-ha

愉快 痛快 軽快に煽れ!自分自身を

アッチ コッチ ソッチまで Evolution★

「お後がよろしいようで♪」

SHOUT!!!

ロックの勇猛なギターがサビに強さを与え、パレオのキーボードが彩る。

時に軽快なステップを交えながら繰り出されるその音は、どこまでも力強く、そして鮮やかだった。

Wow Wow Wow

Raise voice Shout out!!!

Wow Wow Wow

Raise voice

RASのメンバーのコーラスに、オーディエンスの声が重なる。

瑞希と絵名も、天高く拳を掲げ叫んでいた。

奏はそんなステージとオーディエンスを食い入るように眺め、……まふゆがそれを見ていた。

レイヤが右手を突き出し、人差し指を立てる。それはオーディエンスへの「もっとかかってこい」のアピールだった。

What's good

いつかやるは'いつ'なの?

言い訳Nonsense

ダラダラ のさばるな

Don't be shy

タイムリミット さっさと決めて

本音でSing along

爆アゲHere we go!!!(Oh Oh Oh)

曲はなおも続く。

レイヤやチュチュの煽りを受けて、力強いサウンドを浴びたオーディエンスはまさしく熱狂していた。

あるいは、皆その"熱"に酔っていたのかもしれない。

世界を創り出すのは

お前の本気の産声だけ

レイヤの歌い上げたその声に、奏がはっとする。

その瞬間を境に、……少なくともまふゆから見てはっきりわかる程度には、奏の表情が変わった。

何か、彼女の中で得心したのだろうか。

曲は終盤へと差し掛かり、不意に穏やかな曲調へと変わる。

Never say never!! “CRAZY!!!

C'mon Never say never!! “CRAZY!!!

一度きりなら 後悔せず生き抜け!

そして最後のサビが始まる。

音が一気に弾け、客席の盛り上がりがこれ以上ないほどに高まった。

 

Never say never!! “CRAZY!!!

C'mon CRAZY, right Alright CRAZY!!!

味わい尽くせ(Walk in the park)

タマシイごと 人生を!

Never say never!! “CRAZY!!!

C'mon CRAZY, right Alright CRAZY!!!

Holla Make some noise Wow Wow Wow

Make some noise Wow Wow Wow

 

ステージ上で力一杯にパフォーマンスするRASのメンバーたち。その激しいサウンドを受け暴れ狂うオーディエンス。

いつしか天を覆っていた雲も消え、空からはまばゆいほどの光が差し込む。

快晴となった会場で、あらゆる声がひとつとなって響き渡った。

Wow Wow Wow

Raise voice Shout out!!!

Wow Wow Wow

Raise voice Shout!!!

マスキングがドラムをかき回し、ロックやパレオがアドリブでそれに乗じる。

オーディエンスの歓声に包まれ、締めの音を各々が響かせながら、RASのステージは終幕を迎えた。

* * *

「すっごいイベントだったねー! カオティックフェス、来て良かったな〜!」

会場を後にするニーゴの面々。

人混みを歩きながら、瑞希がそう楽しげに話していた。

「ほんと、どのステージも良かったよねぇ。みんな違うジャンルの音楽をぶつけてきてたから趣向が違って面白かったしさ」

「はいはい。それさっきも言ってたから」

「絵名ってば冷たーい。もっとこの感動を分かち合おうよ〜」

「誰かさんが興奮しっぱなしだから、私がこれくらいでちょうどいいの」

「またまた冷静ぶっちゃってー。絵名だって結構楽しんでたくせに〜」

瑞希と絵名のやりとりを横目に、まふゆは奏を見遣みやる。

「……奏、大丈夫?」

「なんか今日、まふゆに心配されてばっかりだね……。そんなに疲れて見えるかな」

「そうじゃなくて。……何か、楽しそうに見えた」

「えっ、わたしが?」

まふゆが頷く。

「最後の方とか、奏も結構叫んでたし」

「えっ、そうなんだ……? 気付かなかった」

奏は意外そうにするも……どこかそれ自体にも満足しているような様子だった。

最後のステージ。『RAISE A SUILEN』というあのバンドが生み出した力は凄まじかった。

そこに、奏は何かを見出したのだ。

「音楽って、こんなにも人を動かす力があるんだね。……この感じ、忘れてたかも」

「……そう」

まふゆは淡々とそう返す。

「……ちゃんと作れそう?」

まふゆのその問いに、奏はルカの言葉を思い出す。

――あなたは、『音楽で誰かを救う』ということの意味をわかっているのかしら?

「答えは、わたしの中にずっとあったんだね」

 

 

 

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