今回は書きたいとこだけ。
「嫌だ…この子は殺せない……殺せるわけないよ……」
楠瀬は少女を抱き寄せて、そう訴える。
眼前には、その少女とそう変わらない歳の少女がもうひとり。
「…楠瀬。あなたはこの状況が分かっていないの?」
少女…久遼は楠瀬を見下ろしながら、そう冷たく言い捨てる。
「そいつは、人の体を借りたオトクイなんだよ。そのまま放っておいたら、ここにいる私たちだって危ない」
「……でも……」
相入れないふたりの会話に、別の人物が割って入る。
「ふたりとも、ケンカしてる場合じゃないよ! このココロダンジョンはもう保たない。リンがそう言ってる」
藤薪はふたりをなだめるように、しかしはっきりとそう言った。
その様子を、少し離れたところで高崎が見ていた。
「…それで、楓はどうするの?」
「どうするも何も…そいつはオトクイで、そいつのせいでセンカは苦しんでるんだろ? 俺たちがここで手を下す以外に、何があるんだよ」
「……そんなの、あんまりだ」
楠瀬が食い下がる。
「センカちゃんにとっては、"彼"はたったひとりの家族なんだよ……それを、よりにもよって私たちの手で、なんて……」
「それは甘えよ」
久遼が遠慮もなく言い放った。
「私たちは、オトクイを倒すことでしかオトナシを救えない。…あなただって、過去に何体ものオトクイを倒してきたのでしょう?」
「……っ」
見かねた高崎が、楠瀬の隣に立つ。
「このままじゃ、ふたりとも死ぬ。けどここで食い止めれば、センカだけは助けてやれるかもしれない。…そうだろ?」
「……そう、なんだよね……」
楠瀬は、抱いていたセンカの体をそっと寝かせる。
「…後は俺がやる」
入れ替わりに高崎がそこに立ち、楠瀬は藤薪の隣に立った。
「見なくていいの?」
「…見ていられる自信がないよ」
楠瀬はただ…泣いていた。
全てを救えないことは分かっていても、こんなところまでわがままで、何もできない自分に。
* * *
「……それで、戻ってきてから原稿に身が入らなくて、新刊を落としたと」
あれから2ヶ月後の、ある日の高校。
賑やかないつもの昼休みで、楠瀬は逆乃川に、事の顛末を話していた。
「しょうがないよ……あんなことがあって、自分のココロが、現実に戻って来る気がしなくて」
楠瀬はため息をつきながら、机に突っ伏した。
「その…センカって言ったっけ? その子はどうなったんだ?」
「えぇと…すぐにノイズの人に引き渡して、病院で治療してもらって一命をとりとめて、……2週間くらいだったかな、目は覚ましたんだけど……あの研究所に来てからのことを、ほとんど忘れてて」
センカって名前すら思い出せなかったみたい、と楠瀬は続ける。
「人間の体に、無理やりオトクイの力を適応させようとして、脳に障害がどうのの影響って…そこはあんまり覚えてないけど」
逆乃川はそれを聞きながら……窓の外を見ていた。
「…忘れてたな。ココロダンジョンに関わるやつは、みんな自分の命を懸けてるんだってこと」
オトナシも、オトダマ使いも、…オトクイも。
みんな、自分の命を懸けて、戦っているんだ。
……そんな当たり前の感覚を、いつから忘れていたんだろう。
「私たち……今まですっごく怖いところに、何度も挑んでたんだね」
「それで? もうココロダンジョンに関わるのはやめるのか?」
「……やめないよ」
楠瀬は静かに、しかしはっきり、そう返した。
「私たちオトダマ使いは、ココロのウタを失った存在。そんな私が、創作を続けるためには……本物の、『人のココロ』を見続けていくしかない」
「……それが、あいつのためか?」
逆乃川の言う『あいつ』が誰を指すのか、楠瀬は知っている。
……いや、忘れるはずがない。
「私のためだよ」
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